アメリカ テニスニュース

ここでは、アメリカテニスの最新情報をお知らせします。

アメリカで活躍する日本人選手の情報も随時お届けします。

鈴木貴男(38)がフューチャーズ大会で初優勝

2009年以来のシングルスタイトル

今回のテニスニュースは、「アメリカの一日が始まる場所」と呼ばれるグアム島・タモンで開催されたITF(国際テニス連盟)男子フューチャーズ大会で優勝した鈴木貴男選手の情報をグアム現地報道機関の「パシフィック・デイリーニュース」の記事からお伝えします。

 

Suzuki takes Futures win

 

鈴木貴男選手のテニスの最盛期はもう過ぎ去ってしまったかもしれません。しかし、彼の輝けるフューチャー(未来)の存在は、グアム島・タモンで開催されたITF男子フューチャーズ大会の「キングス デルタ グアム フューチャーズ 2015」で第6シードの菊池玄吾選手を下し優勝を飾ることで証明されました。

鈴木選手は20年間のプロ経験を持つ38歳の現役プロです。しかし彼の選手生活のほとんどの舞台はATPツアーやチャレンジャー大会であったために、今回菊池選手を下して手に入れた勝利が彼にとってフューチャーズ大会での初優勝となりました。


鈴木選手は、このフューチャーズレベルは、彼のキャリアから言うと本来卒業するべきであるけれども、彼の年齢から考えるとそれは簡単なことではないと優勝後のスピーチで語っています。

 

鈴木選手は彼の始めてのグアムでの大会に彼の家族も連れて来て、共に優勝の喜びを分かち合っています。

 

6-3、6-3というスコアー的にも余裕のある勝利を収めた決勝戦ですが、それは真剣な努力なしではありえませんでした。鈴木選手のスライス主体の精密なテニススタイルは、同時に彼がビッグショットに頼れないことを意味します。彼は彼の勝利の方程式に持ち込めるように試合をコントロールしなければなりませんが、この決勝戦ではそれが行なわれていました。

特に第2セットで菊池選手のサーブをブレイクしゲームカウントを2-1とした後がそうでした。試合を通しての鈴木選手のファーストサーブが入ったときのポイント獲得率は87%で、ただ一度のダブルフォルトと、タイミングの良いパワフルなエースを何本か決めて試合をコントロールしました。サーブをキープし続け、菊池選手を疲れさせて、全体を通してはリターンのポイントでもほぼ40%の得点率をあげています。

 

試合後の鈴木選手は、彼のサービスについて「まず彼のサーブ先にブレークすることが出来たのがラッキーでした。それによってよりリラックスして自分のサーブに集中することができました。」と語っています。

 

彼が他のフューチャーズのプレーヤーと比べてユニークなところは、より若いプレーヤーがより簡単に克服することができる高温と雨による試合時間の遅延を克服するために、彼専属のパーソナル・トレーナーを連れて来たことです。そしてそれは、トーナメントが進むに連れて彼の調子も上がっていくという成果を挙げました。彼の決勝までの4試合の中の3試合は全てフルセットの戦いでした。そしてストレートセットで勝った決勝での勝利は彼に$10,000ドルの優勝賞金をもたらしました。

 

チャンピオンは、札幌で開かれるフューチャーズの大会に出る前に2、3週間の回復期間をおくことを予定していると言いました。

彼の今のゴールは、ATPレベルの一つ下のチャレンジャー大会に戻れるレベルにランキングをあげていく事です。

 

「私は不可能だと言いません。健康にさえしていていれば良いプレーが出来ると思います。私は一つ一つ、楽しんでいきたいのです。」

 

彼はそのゴールが達成されるかどうかに関わらず、そのチャレンジが出来る限りプロ生活を味わおうとしていると言いました。

 

 

キングス デルタ グアム フューチャーズ 2015のシングルス決勝戦と準決勝戦の結果

 

【シングルス決勝】

鈴木貴男 6-3 6-3  菊池玄吾[6]

 

【シングルス準決勝】

菊池玄吾[6]  6-2 6-3  鈴木昂

鈴木貴男 4-6 7-6(5) 7-5  長尾克己[8]

 

アメリカテニス史上初

 

フレンチジュニア決勝で2人のアメリカ人選手が対戦

優勝したスタン・ワウリンカ 2015 BNP Paribas Openにて
優勝したスタン・ワウリンカ 2015 BNP Paribas Openにて

フレンチオープン2015は、男 子はスタン・ワウリンカが世界ランク1位のノヴァーク・ジョコビッチを下して、2014年のオーストラリアンオープン以来の2個目のグランドスラム優勝を 果たし、女子はセリーナ・ウイリアムスがフルセットの末にルーシー・サファロバを破り、通算20個目のグランドスラムタイトルを手に入れました。

今回のテニスニュースは、その同じ会場で同時期に行われたフレンチオープンジュニアの男子決勝戦のニュースをお伝えします。

フ レンチオープンは、歴史的にみてアメリカ人男子には最も厳しいグランドスラムという事実があります。しかし、今年のフレンチオープンジュニアの男子決勝選 は、アメリカジュニアテニス史上初の2人のアメリカ人選手トミー・ポール選手(18)とテイラー・ハリー・フリッツ選手(17)の対決となりました。

 
カリフォルニア州サンディエゴ出身で、大阪市長杯2014年世界ジュニアテニス選手権大会優勝者のフリッツ選手は、「これはアメリカテニスにとって素晴らしいことで、そして自分がその歴史の一部になったことに興奮している」と言いました。
 
今大会には8人のアメリカ男子ジュニア選手が出場し、そのうちの4人が準々決勝まで進み、ポール選手とフリッツ選手とマイケル・モー選手の3人が準決勝まで残りました。
同じアメリカ人で17歳のフランシス・ティアフォー選手は、フレンチオープンのメインドローに出て、結果は1回戦敗退でしたがグランドスラムのデビューを飾り、世界ランキングも287位になっています。
その他にも、アメリカのジュニアからプロのレベルに挑戦している選手は、ジャレッド・ドナルドソン選手(18)やステファン・コズロフ選手(17)がいます。
 
ポール選手は、自分たちを含む多くのアメリカ人ジュニア選手は、共に練習をして、競い合い助け合ってきたので、皆が活躍していることをとても嬉しく思うと語っています。
ポール選手とフリッツ選手は親友で、決勝戦の前夜も夕食を共にしました。
そして迎えた決勝戦では、数週前にスペインで開催されたツアー下部大会・フューチャーズ大会で両選手が対決した時と同じく3セットの接戦となりました。そして結果もまた前大会のフューチャーズ同様、ポール選手がフリッツ選手を下して、フレンチオープンジュニアのタイトルを手に入れました。
 
ポール選手は、1977年にこのジュニアタイトルを獲ったジョン・マッケンローを含む6人のアメリカ人選手の1人となりました。
ポール選手は、「アメリカ人選手はクレーが苦手だといわれるけれど、私はそう思いません。私達は皆クレーでも良いプレーをしているし、経験を積めばもっと良くなっていくことでしょう。」と語っています。
ポール選手が拠点を置くフロリダ州のボカラトンではクレーコートが主流なので、テニスをし始めたときからクレーコートで練習してきたたポール選手にとって、クレーコートは一番好きなサーフェスです。ポール選手は、このフレンチオープンジュニアタイトルの他、スペインとイタリアの2つのマイナーなクレーコートのトーナメントに勝っています。
ジュニアで準優勝したフリッツ選手 BNP Paribas Openにて
ジュニアで準優勝したフリッツ選手 BNP Paribas Openにて
準優勝したフリッツ選手は、「ここでの成功は励みになるが、あまり先のことを考え過ぎないようにしている」と語っています。
彼の父親のガイ・フリッツ氏は彼のコーチであり元ツアープロです。また彼の母親のキャシーさんは、1977と1978年に3回もグランドスラム準々決勝出場をしているトッププロでした。
フリッツ選手は、このトーナメントの結果を受けてジュニア世界ランキングが1位になりますたが、それはあくまで現時点でのジュニアという枠組みの中での結果に過ぎないことを知っています。これから続くプロ選手としての道は長く厳しいものなので、この成功を励みにしたいと考えているのです。
フレンチオープンジュニアタイトルを獲得した後でも、マッケンローは決してフレンチオープンを獲得することはありませんでした。決勝に進んだ1984年には、イワン・レンドルに敗れて準優勝でした。アメリカ人男子で一番最近フレンチオープンタイトルを獲得しているのは、アンドレ・アガシ(16年前)です。
 
ちなみに女子ジュニアの結果は、スペインのポーラ・バドサがロシアのアンナ・カリンスカヤを破ってタイトルを掴み取っています。

 

フレンチオープンの錦織圭選手に注目

 

ビッグ4を倒す第一候補

 

IMG アカデミーよりの提供
IMG アカデミーよりの提供
今回のテニスニュースは、アメリカテレビ局のスポーツ専門チャンネルESPNでの錦織圭選手に関するニュース
をお伝えします。
 
連日の熱戦が伝えられるフレンチオープン大会中ですが、このESPNの電子版では毎日のように錦織選手の記事が掲げられて、今大会での注目度の高さを表しています。その記事がどのような内容なのか、順を追って紹介します。
まず大会3日前の「錦織選手がビッグ4を倒す第一候補者」という記事です。
ビッグ4と呼ばれるノバク・ジョコビッチ、ロジャー・フェデラー、アンディ・マレイ、ラファエル・ナダルの4選手は全仏オープンの大本命ですが、このビッグ4以外にもタイトルを狙える選手達がいます。注目すべき選手達をここに掲げてみましょう。
No.5シード 錦織圭
25歳の日本人選手は、前年度の飛躍から少し歩みを緩めたように見えましたが、バルセロナオープンではタイトル防衛に成功しました。彼は最近トッププレーヤーに勝っていませんが、マドリッドオープンでのナダルとの決勝戦での善戦を考慮しても、ビッグ4に続くのは彼が筆頭者といえるでしょう。USオープンの準優勝者は故障もなく、このフレンチオープンでの更なる飛躍を狙っています。
No.7シード デビッド・フェレイラ
32歳のスペイン人選手は、まだまだ上達の可能性を探しています。彼は新任のコーチを雇ってラケットにも新たな調整を加え、それが功を奏しています。彼は3つのタイトルを手にして、トップ8に返り咲きました。赤土は彼が最も得意なコートで、すべての大会で準々決勝と準決勝に達しています。彼のゲームはビッグ4たちに比べるとパワーの面で劣るため、彼らに勝つことが難しいと知っています。しかし、彼の全仏オープン決勝進出者という実績は、何かが起きることも期待させてくれます。

No.4シード トーマス・ベルディッチ

 

今シーズンは、ビッグ4のほかの誰もクレーコートではベルディッチを止めるものはいませんでした。
29歳のチェコ人選手は、ランキングでは現在第4位です。彼のゲームは、クレーコート用ではないといわれますが、彼は元全仏オープン準決勝出場者で、彼のハードヒットはクレーコートでも十分力を発揮します。彼が必要とするものは、少しだけのインスピレーションでしょう。

No.29シード ニック・キルギオス

 

20歳になったオーストラリア人選手は、彼の初めてのクレーコートシーズンを経験していますが、エストリルオープンでは決勝戦まで進み、マドリードオープンではフェデラーを破っています。ショーマンであるキルギオスはグランドスラムを楽しんでいます。彼のパワーゲームはクレーコートに適していないと思われていますが、彼にはそのような恐れはありません。彼は大きなチャレンジを楽しむタイプのプレーヤーです。

次に紹介するのは大会開始当初の記事で、錦織選手を筆頭に5人の日本人男子選手が、約半世紀ぶりにシングルスの本戦出場を決めた記事が出ていました。

錦織圭選手が率いる日本勢。添田豪選手はフィリップ・コールシュライバー(ドイツ)に破れ初戦で姿を消しましたが、錦織選手は、「多くの日本人を見るのはうれしいし、日本の男子テニスは大きく成長していると思う。」とコメントしています。

 2014年の全米オープンで準優勝に輝いた錦織選手は、6-3、7-5、6-1でポール・アンリ・マシュー(フランス)を退け、2回戦に進出している。

 日本勢では他に、予選を勝ち上がった西岡良仁選手とダニエル太郎選手、そしてランク108位の伊藤竜馬選手がいます。

錦織選手は、「太郎(ダニエル選手)と良(西岡選手)は素晴らしいテニスをしています。全米オープンでも予選を突破し、ここでも予選を勝ち抜いてきました。これは日本のテニスにとって良いことだと思います。」と語っています。


そして大会5日目の5月29日の第3ラウンドの日には、錦織選手は試合がなかったにもかかわらず、錦織選手とマイケル・チャンコーチの記事が出ています。
 
その記事の中では、チャンコーチのコメントとして、日本人と中国人の違いはあるけれども、錦織選手とはアジア人としての共通点もあり、お互いのことや文化を理解しあえることが大きいと語り、
錦織選手はチャンコーチが、「チャンピオンのメンタル」を習得する助けをしてくれているのが大きいと伝えています。

錦織選手はチャンコーチの考え方に惹きつけられ、自分が思っていたこととは違った考え方を言われた時は、その考え方を理解しようと努力していると言います。
 
この記事の結びでは、このようなチャンコーチのリーダーシップが、アジアの男子テニスを先導しているのだとまとめられています。


全米最大規模のバルボアテニスクラブ代表

 

コリーン・クレリー・ファレル(58)の挑戦

今回のテニスニュースは、前回カリフォルニア州サンディエゴ
で開催され大盛況だったテニスフェスタが行われたバルボアテニスクラブの代表責任者であるコリーン・クレリー・ファレルさんに関するニュースをお伝えします。
この記事は、サンディエゴの新聞・ユニオン・トリビューンのスポーツセクション(2015年5月11日付け)で紹介されたものです。

「地元サンディエゴの選手が、全米トップシニアの大会に挑戦」という表題で始まる記事は、クレリー・ファレルさんのテニス・仕事・生活について書かれています。
   Local to take on country's top seniors
リーン・クレリー・ファレルさんは、バルボアテニスクラブの代表責任者として働いていますが、彼女が1人のテニス選手にとして一年間心待ちにしていたトーナメントが始まろうとしています。
今週の月曜日から、全米トップレベルのシニアトーナメントがサンディエゴのラホーヤ・ビーチ&テニスクラブで行われます。そしてクレリー・ファレルさんは、このトーナメントの女子50歳以上の部のシングルスに出場します。
クレリー・ファレルさんは地元で開催されるトーナメントに限定して出場しています。それは彼女の仕事と家族(ご主人と二人の高校生の子供)のために全米各地で行われるトップレベルのシニアトーナメントへの遠征は出来ないからなのです。
「私が10歳でテニスを始めた時から、私のテニスに対する情熱は衰えたことがありません。」と、クレリー・ファレルさんは言います。
1970年代後半にイリノイ大学とアリゾナ大学のテニスチームでプレーをし、女子のプロツアーに1983年に参戦した経験があるクレリー・ファレルさんは、全米各地のシニアトーナメントツアーに是非とも参戦したいと言います。ただし今現在の彼女にとっては、仕事と家族があるため家を離れる事は出来ません。
クレリー・ファレルさんが200年から代表責任者として働くバルボアテニスクラブは、1200人以上のメンバーと25面のハードコートを所有し、サンディエゴで最大のクラブであるのみならず、アメリカ国内でも最大規模のテニスクラブとなっています。
そのようなクラブの代表として活動する毎日。クレリー・ファレルさんは、常に忙しくしていますが、プレーヤーとしても女子テニスリーグやトーナメントに参加できる充実した日々を感謝の気持ちで送っていると言います。
バルボア・クラブのテニス・ダイレクターであるジェフ・グリフィン氏は、クレリー・フェレルさんがサンディエゴのテニス振興に活発に取り組んでいると言います。

「クレリー・フェレルさんは、クラブのために様々なことをしてきました。彼女は優秀なマネージャーです。私達のクラブに彼女を迎えてから、クラブは見違えるほど良くなりました。彼女は、我々が行うあらゆる慈善事業イベントに関わり、開催するすべてのトーナメントをサポートしています。」


グリフィン氏は、クレリー・フェレルさんのテニスを評して、パワーで押すプレーヤーでなく、試合に勝つために様々な戦略を使用するプレーヤーであると言います。彼女はコントロールを身上とした、ターゲットを攻撃するタイプのプレーヤーとして知られているのです。

You only get better by playing against the best. 

 最高のプレーヤーと対戦して、私のテニスも進化する

クレリー・フェレルさんは、忙しい毎日の中でも自身の練習時間も確保し続けて、このようなトップレベルのトーナメントに参戦する準備を怠っていません。
彼女はこのトーナメントに向けてずっと練習を重ねて来たと言います。
「自分の住む町で年に一度開催されるこのトーナメントに出場できて満足しています。このトーナメントには全米トップのシニアプレーヤーが集まっています。最高のプレーヤーと対戦することによって、私のテニスも進化できるのです。」
昨年のトーナメントでは、クレリー・フェレルさんは準々決勝に進出しました。そしてそこでトップシードのロス・ナイデファ選手(サンディエゴ)と対戦しました。このナイデファ選手は、1990年に女子シングルス世界ランキング最高15位に達した選手で、二度のウィンブルドン・シングルス準々決勝出場経験もあります。クレリー・フェレルさんとの準々決勝の結果は、ナイデファ選手が6-1、6-2で勝利し、この大会の優勝も飾りました。
そして敗者復活戦に進んだクレリー・フェレルさんは、最終日の決勝戦まで到達しました。決勝戦ではサンクレメンテのエレノア・ハマグレン選手に惜敗しましたが、多くの楽しみと良い試合経験が得られたことに最高に満足したと語っています。

試合会場となったラホーヤ・ビーチ&テニスクラブは、その名の通り太平洋の美しいビーチ沿いに造られたプライベート・リゾートクラブで、選手達には最高の環境が用意されています。クレリー・フェレルさんも、その試合会場に行きコートに足を踏み入れる時にはいつも特別な感情があると語ってくれました。
大会名:USTA ナショナル シニア女子ハードコート選手権
種目: シングルスとダブルス
部門: 50歳以上の部・6
0歳以上の部・7
0歳以上の部・8
0歳以上の部・90歳以上の部
期間: 2015年5月11日(月)~5月17日(日)
場所: サンディエゴ ラホーヤ・ビーチ&テニスクラブ

この記事が書かれた後に行われた大会でのクレリー・フェレルさんの戦績は、本戦ベスト16で敗退した後、敗者復活戦で昨年度決勝で対戦したエレノア・ハマグレン選手に準々決勝で敗退しています。

 

サンディエゴで開催されたテニスフェスタ


参加者1000人以上の大盛況

今回のテニスニュースは、カリフォルニア州サンディエゴのバルボアテニスクラブで開催され大盛況だったテニスフェスタの模様をお伝えします。
この行事はサンディエゴ郡テニス連盟が主催し、バルボアテニスクラブと40団体以上のスポンサーの協力を得て毎年5月の第一日曜日(2015年度は5月3日)に開催されています。

今回で15回を数えたこのテニスフェスタの参加費は無料です。参加希望者は、事前にインターネットでの登録を済ませておくと「お楽しみ 袋」と呼ばれるスポンサーからの景品の入った袋とTシャツがもらえます。また、事前登録が出来なかった人達も当日参加でき、バルボアテニスクラブのコート で行われる全てのアクティビティーに自由に参加することが可能です。

60人を超えるコーチがサンディエゴ郡の様々なクラブから集まり、このイベントのボランティアとして無償で協力しています。バルボアテニスクラブの25面あるテニスコートは、午後12時から午後4時までの4時間が、全てこのテニスフェスタに使われています。

 
 当日のスケジュール


11:00AM 受付開始 「お楽しみ袋」とTシャツの受け渡し
11:45AM スタジアムコートでサンディエゴ州立大学テニスチーム選手によるエキジビジョンマッチ
12:30PM スタジアムコートにて表彰式
1:00PM-3:00PM 24 面のコートを使ったテニスアクティビティー
3:00PM-4:00PM スタジアムコートで、サンディエゴのプロによるエキジビジョンマッチと抽選会



今年のテニスフェスタではサンディエゴ州立大学のテニスチームも協力しました。まずはイベントのオープニングを飾ったエキジビジョンマッチで、男女各チームから2名ずつの選手が出てのミックスダブルスマッチで観客を楽しませました。そしてその後のアクティビティーでは、「大学生選手にチャレンジ ダブルス 中級者・上級者」のNo.10コートにて、一般の参加者と混じって一緒にペアを組んだり参加者の挑戦を受けたりしました。
その隣のNo.9コートでは、日本人初のプロ車椅子テニスプレーヤーで、あのロジャー・フェデラーも賞賛するチャンピオン・国枝慎吾選手の活躍によって多くのファンを獲得した車椅子テニスにチャレンジすることが出来ました。
その体験コートでまずすることは、自分のサイズにあった車椅子選び。コーチが指示して見つけてくれ、ひざの上と腰の二箇所のベルトを締めて準備完了。早速華麗なストロークを決める気満々の参加者へのコーチの次の指示は、まず反対側のコートに行くということでした。これは車椅子の扱い方を学ぶのに必要な練習で、反対側のコートに着く頃には参加者のウオームアップも完了のはずですが、それだけの練習では車椅子を使いこなすことは至難の業。行きたい方向には車椅子は行かず、手で行うことが「ラケットを持つ・ボールを打つ・車椅子を進める・ブレーキをかける・方向を変える」の全ての操作を行わなければならないために、ボールにラケットを当てるのも至難の業です。それだけの苦労をして、5回目のチャレンジで初めて相手コートにボールを返せた参加者のメアリーさんから大きな笑顔が見れました。体験後のメアリーさんは、「素晴らしい経験でした。でも明日は絶対筋肉痛よ。だっていつも使ってない筋肉を沢山使っていたもの。」という感想を語ってくれました。

No.1からNo.4までのコートでは、子供向けのプログラムが行われ、沢山の子供達が保護者に連れられて参加していました。
普段はめったにテニスラケットを握らなかったイーサン君も、多くの仲間の子供たちと、コーチたちの優しい指導に誘われて、大きなテニスラケットを使ってのゲームを楽しんでいました。このコートで知り合ったコーチが大好きになったイーサン君は、これからもコーチからレッスンを受けたいと言っていました。このテニスフェスタでの小さな出会いが、また一人の偉大なテニス選手を誕生させたのかもしれません。


このテニスフェスタでは、もう一つの大きなイベントを「静かに」行っていました。
それは「サイレントオークション(静かなオークション)」と呼ばれる、アメリカではよくある形の慈善活動の形でオークションの一種で、出品物の前に置いた紙に競り値を書き込んでいくというオークションの方法です。その出品物が欲しい場合、前に書いた人の値段よりも高い値段をリストの上から書き込んでいき、オークション終了時刻に一番高い値を付けた人がその出品物を買うことができます。
バルボアテニスクラブ
では、テニスフェスタ前日の土曜日から出品物50点をクラブハウス内に展示して、より多くの人達のオークション参加を促していました。この収益金は、USPTA(アメリカプロテニス協会)をサポートするために寄付され、援助が必要な子供達の教育資金の奨学金のプログラムに使われます。


 
 当日のテニスアクティビティー
No.1コート 
6歳以下の子供のためのレッスン
No.2コート
子供と両親のためのテニスゲーム
No.3コート  8歳以下の子供のためのレッスン
No.4コート 10歳以下の子供のためのレッスン
No.5コート
賞品をあてよう 10歳以下
No.6コート
賞品をあてよう 11歳以上
No.7コート
プロにチャレンジ ボレー 中級者・上級者
No.8コート
プロにチャレンジ グランドストローク 中級者・上級者
No.9コート
車椅子テニスに挑戦
No.10コート
大学生選手にチャレンジ ダブルス 中級者・上級者
No.11コート
ラケット試打 ウイルソン 中級者・上級者
No.12コート
ラケット試打 ヘッド 中級者・上級者
No.13コート
ラケット試打 プリンス 中級者・上級者
No.14コート
ラケット試打 バボラ 中級者・上級者

No.15コート

ネットプレードリル 中級者・上級者
No.16コート
ネットプレードリル 中級者・上級者
No.17コート
キング&クイーンゲーム シングルス 中級者・上級者
No.18コート
キング&クイーンゲーム ダブルス 中級者・上級者
No.19コート
サーブ&リターン ドリル 上級者
No.20コート
サーブ&リターン ドリル 中級者
No.21コート バックハンド ドリル 初級者
No.22コート
フォアハンド ドリル 初級者
No.23コート
サーブ レッスン 初級者
No.24コート
ネットプレー ドリル 初級者
スタジアムコート
エキジビジョンマッチ 表彰式 抽選会


 

戦い続ける44歳


賞賛されるクルム伊達公子選手

今回のテニスニュースは、アメリカニューヨークに本社を置くグローバルニュースグループの「Vive News」社のスポーツセクション(2015年4月17日付け)で紹介されたクルム伊達公子選手のニュースをお伝えします。


「未だに第一線で活躍する、驚嘆すべき44歳の女子テニス選手に会おう」という表題で始まる34000字以上にも渡るリンジー・ギブス記者の記事は、クルム伊達選手のことが紹介されています。
 Meet the Amazing 44-Year-Old Women's Tennis Player Who's Still Kicking Ass


セリーナ・ウィリアムズは、彼女を尊敬しています。
ビーナス・ウィリアムズは、彼女をお手本にします。
シュテフィ・グラフは、ただ単に驚嘆しています

 

現在44歳のクルム伊達公子選手は、19年前のウインブルドンの準決勝でセンター・コートでグラフと対戦していました。
そして2015年4月にアメリカ・サウスカロライナ州で行われたWTAのファミリーサークル杯では、100人未満の観客の前で自分の半分の年齢の選手と予選ラウンドを戦っていました。
そうなのです。彼女はまだツアーを回っている現役のプロなのです。
しかし、ここで「まだ」という言葉を使うのは不適切かもしれません。なぜなら17歳でプロに転向したクルム伊達選手は、26歳の時一度引退して37歳で現役に復帰したからです。

I like sports, I like tennis, I like competition スポーツが好き、テニスが好き、試合が好き

 

この予選ラウンドの試合を6-1、6-1で23歳のアメリカ人選手相手に勝利した後のクルム伊達選手に、37歳で復帰した時に40歳半ばまで現役を続けるつもりだったのかと尋ねました。
「とんでもない!」クルム伊達選手は、笑って答えました。
「でも私はまだWTAレベルで戦い続ける機会を与えられているんです。私はスポーツが好きで、テニスが好きで、試合が好きなんです。だから勝ち負けが大切なのではなく、戦い続けたいんです。」
 
クルム伊達選手のプレースタイルは、現代のパワーテニスとは全く違います。彼女のスタイルは、相手のパワーショットをライジングで正確に捕らえて、フラットで返してきます。ベースラインでの激しい打ち合いを好まない彼女は、ネットプレーも多用しポイントを早く決める技も持っています。
現代のテニスは身体的にも精神的にも選手の限界まで酷使するスポーツであることで、世界的には20代後半までがツアー選手としての限界であるといわれる中で、クルム伊達選手が今行っていること自体がかつてない偉業であるといっても過言ではないでしょう。

It's a simple life 単純な生活 
 
この日本のスター選手は、「単純な生活です。良いものを食べ、沢山水を飲んで、よく寝るだけ。」といいます。
 
しかし、本当はもちろんそれ以上です。
彼女の人生は、人生における様々な条件を吟味しながら、自分のエゴを静め、そして私達が日々の暮らしの中でともすれば忘れてしまいそうになる「喜び」というものを追い求めてきたものです。 
6歳の時、末っ子だった彼女が好奇心でテニスを始め、17歳の時に日本で行われたプロの下部大会の準決勝まで進んで、プロになることを決意しました。

その後の経歴は、注目に値します。
全仏オープン、ウィンブルドン、全豪オープンの準決勝に進出。女子シングルス世界ランキング最高位4位に到達し、3年間トップ10の位置にあり続けました。当時のライバル達は、グラフ、サバチーニ、サンチェス・ビカリオ、ノボトナ、ダベンポート、ピアス、セレスのようなグランドスラム・チャンピオンや歴代No. 1選手達で、13回の決勝進出で7つのWTAタイトルを獲得しています。
彼女は最も成功した日本人女子テニス選手で、日本で最も人気のあるアスリートの1人でした。
しかし彼女はこの時に大きな問題を抱えていました。彼女は全くそれを楽しめていなかったのです。

26歳の絶頂期に現役引退
 
彼女は若く独身で、英語も話さず、世界を転戦する生活は現在のように携帯電話やコンピューター接続も発達していませんでした。彼女は孤独でした。さらに、テニス以外の国際的な日本人アスリートがいなかったので、日本のメディアは彼女に完全に集中しました。
 
そしてもう一つの問題は彼女自身のモチベーションでした。彼女はハードウォーカーでした。しかしグラフやセレスに勝ってグランドスラムタイトルをとるためには今まで以上の努力をし続けなければならないのです。それはもう不可能であると感じられました。
そして彼女は、人生の運をテニスに関して使ってしまっていると感じていました。グランドスラムタイトルを取る事で、生涯のよき伴侶を見つける運をなくしてしまうのではないかとも思ったのです。
 
そして彼女は、ウィンブルドン準決勝でグラフと戦った半年後、サバチーニ、マルチネス、サンチェス・ビカリオを破って生涯で最も大きいタイトルの1つのであるサンディエゴでの大会での優勝のほんの3ヵ月後に引退を表明しました。彼女が全盛期のさなかにそれまでの輝かしい経歴と名声を捨てることは、部外者にとっては信じられないものでした。しかしそれは彼女にとっては唯一の選択肢だったような感じがしました。
 
引退の5年後、彼女はドイツ人レーサーのマイケル・クルム氏と結婚しました。彼女は日本のテレビのための仕事をしたり、夫と旅行したりして忙しくしていました。彼女はテニスをしなくて寂しく思ったこともなく、彼女の夫がまだ十分に若くてツアーに出れる彼女にテニスをすすめても、かたくなに現役復帰を固辞していました。

37歳で現役復帰 シャラポワやリー・ナを破る
 
そして何年もの年月が過ぎ、彼女の元にグラフとマルチナ・ナブラチロワとのエキジビジョンマッチの誘いが舞い込みました。それを契機に、イベントが行われる6ヵ月前からフルタイムのトレーニングを始めました。練 習してトレーニングを続ける度に、彼女自身が楽しんでいることに気付かされ、もしエキシビションマッチで手応えがあったなら、11月の全日本テニス選手権 に挑戦してみようと決意しました。そして迎えたエキジビジョンマッチでは、グラフとナブラチロワを破り、11月までにITFトーナメントにも挑戦すること を決めました。
 
当時37歳で11年もの間ツアーから離れていた彼女ですが、天賦の才はその輝きを失っていませんでした。
彼女の最初のITFトーナメント$50000ドル岐阜では、トップ200位以内のプレーヤー2人とトップ100位以内のプレーヤー1人を倒し準優勝しました。それから立て続けに、3つのより小さなITFトーナメントで優勝しました。
 
11月の全日本ではシングルスとダブルスでタイトルを獲得して、世界ランキングトップ200位に戻りました。その時彼女は絶好調で、それで終わりにするのは愚かなことのようでした。というのも、すでに彼女は全豪オープンの予選に出場出来るランキングにいたので、彼女の夫の強い勧めの元、第二の現役生活がスタートしました。
 
復帰後の彼女の戦績は、WTAシングルス・タイトルを獲得したビリー・ジーン・キングの次に2番目に年長の女性になったり、マリア・シャラポワやリー・ナや サマンサ・ストーサーを破ったり、女子シングルスランキングは最高46位まで登りつめ、5つのWTAダブルス・タイトルと9つのITFシングルス・タイト ルを獲得しました。

「挑戦は続いています」 -再びトップ100を目指してー
 

現在の彼女は、厳しい現実に直面しています。
約1年を故障勝ちで過ごした結果、シングルス・ランキングは世界152位に後退しました。彼女がこのチャールストンの予選において勝った試合は今年に入っての初勝利でした。そして、翌日の予選第2ラウンドでは敗退しています。
44 才で、彼女はマイナー・リーグへもう一度追いやられました、観客数も数千ではなく数十単位で計られます。世界のトップレベルまでいったほとんどのアスリー トは、自分自身にそれを経験させる気がありません。しかし、彼女にとってはそれはなんでもないことです。彼女は挑戦し続けて、最初の現役生活で見出せな かった「喜び」を今満喫しています。

クルム伊達選手は言います。
「挑戦は続いています。私は再びトップ100に戻ることを目指しているのです。もっとテニスがしたいのです。」
 
「テニス選手は、非常に短い生命ですね。」と、彼女は笑って言いました。「私を除いて。」

 

大学テニス チャンピオンシップ


サンディエゴ大学がWCCカンファレンスで2連覇

 

アメリカの大学テニスシーズンは今佳境を迎えています。今回のテニスニュースは。全米各地で各カンファレンスのチャンピオンシップが行われた先週末(2015年4月25日)にサンディエゴで開催されたWCC(西海岸リーグ)チャンピオンシップの模様をお伝えします。

 

以 前のテニスニュース(2月9日付け)のでお伝えしたサンディエゴ大学男子テニスチームは、シーズン開始以来の好調さを保ち続け、全米大学ランキングを22 位まであげてこのチャンピオンシップに挑みました。決勝戦の相手は同ランキング42位のペッパーダイン大学。ペッパーダイン大学はテニスの名門校で、 このWCCカンファレンスでは2010年まで無敵の41連続優勝を飾っていました。しかし2011年にその連勝をストップさせたのがサンディエゴ大学で、 それ以降最大のライバル同士として常に優勝を争っています。

今年の決勝戦では、サンディエゴ大学がシーズン中の好調さを保ってWCCカンファレンスでの試合を無敗のまま終えるのか、それともペッパーダイン大学が名門の意地をみせてチャンピオンシップを取り返すのかに注目が集まりました。


最初のダブルス3試合が始まると同時に、今日のゲームは両方のチームにとって苦しい戦いであることがわかりました。
しかしサンディエゴ大学のNo.1ダブルスチームが常に優位に試合を進めて8-3の勝利をつかんだことで波に乗り、No.3ダブルスでも8-6の僅差で勝利して最初の1ポイントを獲得し、続くシングルスの6試合で3勝3敗の引き分けでも優勝するポジションにつけました。


勢いに乗るサンディエゴ大学は、まずNo.2シングルスを6-4、6-2で勝ちリードを2-0に広げますが、すぐにNo.6シングルスでペッパーダイン大学が6-0、6-4で勝って追いすがります。しかしその直後、サンディエゴ大学のNo.5シングルスが6-2、6-3で勝ち優勝に王手をかけます。

あと一つ勝てば優勝のサンディエゴ大学ですが、残りの3試合はファーストセットのスコアーがそれぞれ7-6、5-7、7-5と接戦。

しかしそこでファーストセットを落としてからカムバックしたNo.3シングルスが3セットマッチを勝利して、サンディエゴ大学がWCCカンファレンス優勝を決めました。


優勝後のインタビューで、サンディエゴ大学のブレット・マージ・コーチは、感慨深げに今の気持ちを正確に言葉で表現するのが難しいと言い ました。それはマージ・コーチがこのチームを6年前に引き継いでから、ペッパーダイン大学がこの40年間してきたようにこのチームも育てたいと考えてきた からです。「今シーズンが始まって以来、チームの中では何を成し遂げたいかについて何度も何度も議論してきました。シーズン前の秋のプリシーズンが最高の 調子ではなかったけれども、それからこのチームは成長しました。」そしてマージ・コーチは、「今このチームが一つ一つのゴールを実現させてきたことに感動を覚える。」と語りました。


最後の試合を3セットで勝ち抜き、サンディエゴ大学の勝利を決定付けたNo.3シングルスプレーヤー・ジョーダン・アンガス選手は、今最高の気分だと言いました。

彼はこのチームでプレーするためにミシシッピ州立大学から転入してきました。その一年目の決勝戦で、優勝を決めるマッチをプレーできたことが、何物にも代えがたいと語ってくれました。

"The sky is the limit for us" 我々の夢は限りない


「我々の夢は限りないんだ。」と、サンディエゴ大学4年生のキーラン・フィッツジェラルド選手は言います。

選手たちは一年中必死で練習してきて、目標としてきたことの一つを成し遂げたのです。でも彼らはこの優勝だけで満足はしていません。彼らのより大きな夢は、翌々週から始まるNCAA (全米大学体育協会)の全国大会で「スイート16」と呼ばれるベスト16に入る栄誉を達成し、サンディエゴ大学の歴史を自らが作ることなのです。
彼らはこのチームの可能性を信じています。そして、マージ・コーチをはじめとするスタッフもファンも、彼らの可能性を信じています。

5月8日から始まる全国大会に出場するのは64校で、サンディエゴ大学の第一ラウンドは、同じくサンディエゴからのサンディエゴ州立大学と決まりました。
選手もコーチも、新たなる挑戦に心を弾ませてその日を迎えます。

 

大学テニスに画期的な新ルール


ビッグ12カンファレンスは、プレー中の声援を歓迎


写真はイメージです。本文とは直接関係ありません。
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アメリカ大学スポーツの最高峰であるNational Collegiate Athletic Association (NCAA)全米大学体育協会には、アメリカとカナダの大学1000校以上が所属しています。この全ての大学を、各地域・レベルごとに6~12校が所属するカンファレンスを作って、カンファレンス(リーグ)内で公式戦を戦っています。
そしてその中で最強の5つのカンファレンスは「パワー5」と呼ばれ、アメリカの大学テニス会を牽引する存在となっています。
 
今回のテニスニュースは、そのパワー5の中の一つである「ビッグ12」カンファレンスが、新しいルールとしてプレー中の声援を認めたニュースをお伝えします。

「ビッグ12」カンファレンスの新しい試み

「ビッグ12」カンファレンスは、主にアメリカ中部の州であるテキサス州・オクラホマ州・カンザス州・アイオワ州・ウエストバージニア州にある大学のリーグですが、その中には現在全米大学チームランキング1位のオクラホマ大学や同ランキング2位のベイラー大学など強豪校が集まっています。

2015年4月15日付のウオールストリートジャーナルのトム・ペロッタ記者の記事によれば、新しいテニスファンの獲得と観客動員の増員を目指して、ビッグ12カンファレンスではテニスの伝統である礼儀正しさを放棄し、野次を飛ばす観客を歓迎すると発表しました。
テニスの観客には「クワイエット・プリーズ(お静かに)」が要求されるのが常識です。でも、ここでは違います。テニスファンにも野球やバスケットボールやアメリカンフットボールの試合の時のように、ラリーの最中やプレーヤーがサーブする瞬間でさえ野次を飛ばしたり叫びつづけることが認められたのです。

このルール改正は、大学テニスの生き残りをかけた挑戦だとビッグ12カンファレンスは主張しています。全米大学テニス連盟によれば、1970年初頭から見ると600もの大学テニスチームが消滅しているといいます。
より多くのファンを惹きつけて、テニス会場に足を運んでもらうために他にも様々な工夫がなされています。

大学テニスマッチで提供されるサービスの例

「ノー・アド・システム」(*注:デュースで、次のポイントを取ったほうがそのゲームを取るシステム)
無料のピザ
Tシャツの配布
賞品付きのコンテストを開催
バルーン・ハウスと呼ばれる巨大な風船の中で遊べる場を提供
カラーリング・ステーションでのフェイスペイントなどのサービス提供


写真はイメージです。本文とは直接関係ありません。
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このような開催者の努力の結果、先週ベイラー大学(2位)で行われた対オクラホマ大学(1位)との試合では、1479人ものファンを集めることに成功しました。そして圧倒的なアウェーの状態を跳ね除け、オクラホマ大学がベイラー大学に辛勝しています。

次の試合は5月に同じ場所で開催されるNCAAのチーム対抗トーナメントです。しかしこの試合には他のカンファレンスの大学も参加するため、この新ルールは適用されません。
 
そして気になるファンの反応ですが、今回応援に来ていたファンの多くはこの新ルールの元での応援合戦を楽しんでいました。次の大会は伝統的なテニス観戦のスタイルになりますが、ファンのグループはまたここに戻ってくると言い残して会場を後にしました。

新ルールの課題
写真はイメージです。本文とは直接関係ありません。
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しかしながら、このような改革を複雑に受け止める人がいることも事実です。
大学テニスはプロテニスに比べると同時に6つのシングルスマッチが進行して、この新ルールがあるなしに関わらず1つの試合に送られた声援が他のコートのプレーヤーの気を散らすことはしばしばあります。しかしこれまでは意図的に選手を混乱させることが出来なかったことが、この新ルールでは認められているのですから、試合がより混沌とするのは否めません。
またこの改革の目的は、ファンが野球やフットボールまたはバスケットボールの試合と同じく振舞えるようにすることですが、そこではファンは他のスポーツと同じガイドラインに従ってふるまうことになっています。冒涜でなく、虐待的なコメントなどを含まないなどの声援のあり方や、ポイントの途中でアウトコールと間違うような掛け声の制限など、課題は山積しています。
 
このアメリカ全土の中でたった一つのカンファレンスで採用された新ルールが、今後どのような影響をアメリカ大学テニス会に与えていくのかを、私達は注意深く見守っていく必要があるでしょう。

 

ノバク・ジョコビッチの強さの秘密


アンディー・マリーに最終セット6-0で優勝



MIAMI OPEN 2015 Men's Final

ノバク・ジョコビッチ 7-6, 4-6, 6-0 アンディー・マリー


今回のテニスニュースは、男子シングルス世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチについて取り上げます。

 

アメリカフロリダ州マイアミで行われたマイアミオープンでは、4月5日にジョコビッチ対マリーの決勝戦が行われました。この試合ではファーストセットをジョコビッチがタイブレークの末かろうじて取ると、すかさずマリーがセカンドセットを奪い返しました。最終セットに持ち込まれた試合の結果は、ジョコビッチが6-0でマリーを圧倒し優勝しています。

ジョコビッチは、2週間前のカリフォルニア州インデアンウエールズで行われたBNPパリバスオープンでも優勝をしていますが、この2つの大会に続けて優勝するのは至難の業といわれています。

この二つの大会はどちらもハードコートで行われますが、砂漠気候の高地で行われるBNPパリバスオープンとアメリカでは南に位置し湿度・気温と共に高いマイアミで行われるマイアミオープンでは、ボールの飛びもコンディションも全く違うものなのです。

ジョコビッチのようにこの二つの大会を続けて取った選手は、ロジャー・フェデラーを含めて今まで7名のみで、ラファエル・ナダルはマイアミ・タイトルを、マリーBNPパリバスオープン獲得したことはありません

ジョコビッチがが男子テニスのこのゴールデン時代の間にそれをすることができたことは、より大きな成果であるといえます。

最終セット6-0の勝利

今年のジョコビッチの精神的な強さは目を見張るものです。その象徴が今大会の最終セットを6-0で勝ちきった決勝戦で、全得点ポイントでは7ポイントしかジョコビッチと差が無かったマリーに「完敗だ」と言わせています。
ジョコビッチの最終セット6-0の勝利は今年のオーストラリアオープンでも、マリーとワウリンカを相手に実現しています。

現在世界ランキング1位で、その獲得ポイントにおいても2位のフェデラーに5000ポイント近い差をつけているジョコビッチの強さの秘密を探るために、ジョコビッチがプロに転向した2003年からの戦績を見てみました。
ジョコビッチの戦績 (2003~2015)
最終セットを勝った試合

629試合

最終セットを6-0で勝った試合

33試合


 

最終セットを負けた試合

142試合

最終セットを0-6で負けた試合

1試合

 

ジョコビッチの強さの秘密

 

世界ランキング1位という実績から、最終セットの勝利数が敗戦数よりも際立って多いのは当然ですが、驚くべきは142試合もある敗戦の中で最終セットを0-6で負けたのが唯一度だけだということです。ジョコビッチの試合が競ってきた時の精神的なもろさは特に20013年あたりに言われていたことですが、この数字を見る限りは、逆にどのような不利な状況であっても最後まで勝つチャンスを伺って戦い続ける強いメンタリティーを読み取ることができます。

 

ちなみにその唯一の最終セットを0-6で負けた試合は、2011年のスイス・インドアでの錦織圭戦です。日本人選手が当時の世界ランク1位を破った快挙から、日本テニス会の歴史に刻まれた勝利とよばれました。

 

 

大学生アスリートは文武両道


ボストン大学1年生 向井研人(むかいけんと)選手


今回のテニスニュースは、アメリカ大学スポーツの最高峰であるNational Collegiate Athletic Association (NCAA)全米大学体育協会の中でも一番レベルの高い大学リーグであるNCAAディビジョン1(*注:NCAA ディビジョン1についての説明は下記)の大学テニスチームに所属して勉強とテニス選手としての活動を両立している向井研人選手にインタビューし、大学生アスリートの実際の生活と練習の様子をうかがいました。


向井選手は日本人の両親のもと南カリフォルニアで育ち、2014年の秋からマサチューセッツ州ボストンの名門私立総合大学であるボストン大学Boston College、通称BC。Boston Universityは別大学)に入学し、新入生ながらレギュラーの位置を獲得して活躍しています。

「MORE TENNIS」


 向井選手に高校生のジュニアテニス選手時代と大学生アスリートになってから変わったことを聞いてみたら、一言「More Tennis(今は高校時代よりもっとテニスをしている)」という言葉が返ってきました。


現在の向井選手の練習時間は、週2回の午前6時からのウエイトトレーニングと授業後毎日の3時間のテニストレーニングとなっています。それに加えて今はシーズン中なので、主に毎週金・土・日に行われる試合(ホームマッチ・遠征・ダブルヘッダー含む)があり、大変忙しい日々を送っています。


文武両道
 
向井選手のような大学生アスリートには「文武両道」が要求されます。アメリカの大学スポーツでは、NCAA(全米大学体育協会)が決めたルールにより、ある一定の成績を維持しないと試合出場さえも出来なくなってしまいます。そのためコーチも学業の優先を徹底して行い、遠征先での試合後にチームのメンバーが揃って勉強している風景を見ることがあります。
アメリカの大学は、入学するよりも卒業するのが難しいと言われていますが、それはこのように予習復習をして自分の学習を進めておかないと課題の提出やテスト勉強が間に合わなくなってくるからです。
向井選手も、大学生アスリートとして大切なことはタイムマネージメントだと言います。大学自体も文武両道のアスリートのハードワークを認めていますので、個別家庭教師をつけてくれたり、授業の優先選択権などを与えてくれたりという様々なサポート体制を用意しています。


「YOU HAVE TO LIKE YOUR TEAM」 - 大切なのはチーム愛 ー

チームメートの試合を応援する向井選手達
チームメートの試合を応援する向井選手達

向井選手は、そんな忙しい日々も充実して楽しんで過ごしていると言います。そしてこれからアメリカの大学に留学・進学して大学生アスリートとして活躍することを目指している選手へのアドバイスとして、自分のチームとチームメイトを愛しなさいと言っています。その理由は、チームメイトとは毎日の練習や試合・遠征で行動を共にするだけでなく、チームとして学校外での社会貢献活動やボランティア活動への参加も行い、常に大学生アスリートとしてチームと共に生活をしているからです。


チームメートと一緒にボランティア活動に参加
チームメートと一緒にボランティア活動に参加

向井選手はこのボストン大学に進学することを考えた時に、このテニスチームを公式訪問(2泊3日)として訪れ、チームの先輩の部屋に泊まり生活を共にしてから決めたといいます。その時には大学のキャンパスを見学したり、アメリカンフットボールの大学対抗戦に連れて行ってもらったりして、自分の大学生活をシュミレーション出来たことが進路決定に大いに役立ったそうです。
向井選手の行った公式訪問は大学側が費用を負担する側面で様々な条件があるので、全ての学生やアスリートが出来るわけではありません。しかし、アメリカでは高校生が大学進学を考える際には、アスリート進学に限らずほとんどの学生が進学希望の大学に訪問して(非公式訪問)、自分が実際に行って生活する場所を肌で感じることを重要視しています。

Kent is a relentless competitor. We all believe in him and enjoy watching him play.”

「ケントは考えられない程にしぶとい選手だ。
 私達はそんなケントのプレーを見るのを本当に楽しんでいるよ。」
             ボストン大学男子テニスチーム スコット・ウイルキンス・
ヘッドコーチ

向井選手はコーチとも良い関係を築いており、新入生ながら毎試合シングルスに使われるほど信頼されています。テニスチームの試合の結果やニュースなどを載せた専用サイトで紹介された折には、コーチから「Relentless Competitor(考えられないほどにしぶとい選手)」(注:Relentelssの直訳は「容赦ない」「執拗な」)という称号をもらっています。そして先日のカリフォルニア遠征では、その名に恥じない活躍をみせました。強豪UCアーバイン校(カリフォルニア州立大学アーバイン校)との対戦でチームは敗戦(2勝5敗)したものの、No.5シングルスプレーヤーとして出場した向井選手は、3時間以上にも渡る激戦の末7-6、7-6というスコアーでチームに2個目の勝利をもたらしました。


テニスシーズンは4月末まで続き、向井選手の忙しく充実した日々はこれからが佳境です。


 【アメリカの大学スポーツ:NCAA ディビジョン1】
アメリカの大学スポーツは大変な人気です。その中で一番レベルが高い大学リーグであるNCAA (National College Athletic Association:全米体育協会) には50万人以上の学生アスリートが登録していて、その1部リーグであるデビジョン1 には300校以上の大学から17万人以上の学生アスリートがいます。奨学金の量は大学リーグで一番多く、フルスカラーシップ(学費全額免除)の学生が多くいます。 この全額免除の内容は、授業料、教科書代、居住費、食費、医療費、などが含まれます。また全てのディビジョン1チームの選手には、 ユニフォームや用具が支給され、コーチ・トレーナーの指導の下での練習環境が与えられ、試合などの遠征にかかる費用もチームから支払われます。


 

ロジャー・フェデラーのテニスライフ

 

シーズン中に17日間の休暇をとり心身共にリフレッシュ


Photo presented by John B
Photo presented by John B


今回のテニスニュースは、現在(2015年3月17日)アメリカのカリフォルニア州インディアンウエールズで開催されている「BNPパリ バ・オープン」で2回戦勝利後のロジャー・フェデラーの会見を取り上げます。この会見の中でフェデラーは、今年のオーストラリアンオープン3回戦で思わぬ 敗戦を喫したアンドレアス・セッピと次のラウンドで対戦することや、2004年に世界ランク1位になった時から現在そして未来に向けての目標について語っています。

オーストラリアンオープン後、17日間の休暇を取る

 

セッピに敗れて終了したオーストラリアンオープン後、17日間というまとまった休暇をとったフェデラーは、今は本当に調子がいいと言っています。フェデラーにとって大切だったことは、休暇中のほとんどの時間を子供たちと遊びまわることや家族と過ごすために使い、心と体に休養を与えてあげることでした。そして先月のデュバイ・チャンピオンシップでは、フェデラーは決勝戦でノバク・ジョコビッチをストレートセットで倒して優勝し、好調さを取り戻しています。

オーストラリアンオープンでの自身のパフォーマンスには失望していたと語ったフェデラーですが、セッピと再度対戦する機会が得れたことについては非常に楽しみで、今度は自分が相手にプレッシャーをかけていく試合展開にする準備を怠っていないと語っています。

フェデラーのテニスライフと今後の目標


そしてフェデラーは自身のテニスライフについて、そして今後の目標について語ってくれました。

ツアーを回っていると温度や湿度、風、コートサーフェス、相手選手、自分のコンディション、どれをとっても昨年と同じものが一つも無く、その変化に自分が対応していくことが必要です。フェデラーはそれがツアーの醍醐味で、自身の楽しみなんだと言います。彼自身が一つ一つのチャレンジにやりがいを感じて、これからも自分のテニスが向上することを信じ、新たな自分を作り上げようと毎日取り組んでいます。

フェデラーにとってテニスとは、常に向上できると信じられるスポーツなのです。


フェデラーは常になるべく長くプレーを続けられるように考えていたといいます。自身が22歳で初めて世界ランク1位になった2004年にフィットネス・コーチと今後の目標を話し合い、より長いテニス人生が送れるようにしようと決めたのです。それはより多くの賞金やタイトルを求め、よりコンスタントに大会へ出場し、より激しいトレーニングをすることに変わりは無いけれども、年間20大会の出場に押さえることで充実した選手生活が送られると考えたからです。

フェデラーは自身がツアーに挑戦し始めたとき、長年テレビの中で見てきたスター選手に対戦できたことが今でも忘れられない記憶だといいます。そして自身が長くプレーする理由はこれではないと前置きしながらも、今の若手選手にとってフェデラーと対戦することが彼らにとって貴重な経験になるだろうと語っているのです。

セッピとの再戦


この会見の二日後、「BNPパリバ・オープン」3回戦でセッピとの再戦を行ったフェデラーですが、6-3、6-4のストレートセットでリベンジを果たしています。


”It's one of those matches you're happy you're through, and I was happy it was over.”


試合後の会見でフェデラーは、錦織選手も悩まされたという今大会のコートとボールに対応するのは簡単ではなく、自身も対戦相手もお互いにベストのプレーが出来たとは思えないと語っています。でも、そのような状況の元で、困難を凌いで勝ちきれたことが単純に嬉しいと語るフェデラーには王者の余裕が感じられました。


 

アメリカで2番目に古いテニストーナメント

 

大学のトッププレーヤーが全国からサンディエゴに集結


今 回のテニスニュースは、アメリカ全土の強豪大学テニス選手、大学及び一般テニスコーチ、トップジュニア、元ツアープロ等がサンディエゴに一堂に会し争っ た、第126回パシフィックコースト男子ダブルス・チャンピオンシップについてレポートします。このトーナメントはアメリカで2番目に古いテニストーナメ ントで、「サンディエゴの真珠」と呼ばれる風光明媚の海辺の街ラ・ホーヤで年に一度行われるトーナメントです。トーナメント会場は、カリフォルニア唯一の プライベートビーチを持ち、USTA(アメリカテニス連盟)から毎年「ベスト20テニスリゾート」に選ばれているラ・ホーヤ・ビーチ&テニスクラブです。今 年のトーナメントに参加した選手は250人、125組のダブルスチームがチャンピオンシップの獲得に挑戦しましたが、このトーナメントでは独特のシードシ ステムを採用しています。まずトップ16の大学ダブルス・チームとトップ16の個人参加のダブルス・チーム選出後、No.1シードは1組、No.2シード は2組、そしてNo.9シードは16組など複数組が選ばれ抽選が行われました。

注目のシード選手達

 

 注目の大学No.1シードは、南カリフォルニア大学のロベルト・キロズ選手とシーボルト・フォゲット選手です。キロズ選手は南カリフォルニア大学がNCAAチャンピオンシップ(全米大学選手権)で2011年・2012年・2014年に優勝したときのメンバーで、昨年(2014年)11月にはITA(全国大学テニス連盟)の全国インドア選手権大会で、ダブルスタイトルを獲得しています。

 

また個人参加でのNo.2シードには、高校三年生ペアが選ばれています。その一人は元女子シングルス世界ランク1位のトレーシー・オースチンの子息ブランドン・ホルト選手で、もう一人は南カリフォルニア大学を2011年・2012年・2014年とNCAAチャンピオンシップ(全米大学選手権)優勝に導いた名コーチ・ピーター・スミスの子息ライリー・スミス選手です。


栄冠を勝ち取ったのはノーシードのペア


太陽が燦燦と降り注ぐ日曜の午後、4日間にわたる大会期間中の激しい戦いを勝ち残り、決勝戦でNo.1シードを倒し優勝したのは、ノーシードのオクラホマ州立大学のペアでした。

試合のスコアーは6-3,6-4でその内容は、各セットとも南カリフォルニア大学のフォゲット選手のサーブをオクラホマ州立大学ペアがブレークしたことで決まりました。特に第2セット4-4でのフォゲット選手のサーブ時に、ブレークポイントを彼のダブル・フォールトで失って、オクラホマ州立大学ペアに5-4リードを許してしまいました。その後オクラホマ州立大学ペアは難なくサーブをキープし、大金星を挙げました。

優勝ペアの一人、ルーカス・ガーチ選手は、「私たちが勝つことを誰も予測していなかったので、プレッシャーを感じることなくプレーできました。」と語り、 パートナーのニコライ・フェリーニョ・オルセン選手は「私たちはお互いのゲームを良く知っているので、多くの戦術を使ったプレーができました。」とコメントをしました。

 

今回の決勝戦では、4人がすべて外国籍の選手でした。

ガーチ選手はドイツ出身で、フェリーニョ・オルセン選手はデンマークの出身です。

No.1 シードのフォゲット選手はフランスからで、父親は元フランスのデイビス・カップ選手だったガイ・フォゲット氏ですし、そのパートナーのキロズ選手はエクアドル出身で、1990年にフレンチオープンで優勝したアンドレス・ゴメスの甥です。

モチベーションの高い高校生選手たち

 

この大会を取材して最も印象に残ったのは、今年の一般参加の高校生トップジュニアは10名を超え、毎年その参加人数が増えているということです。アメリカの大学進学には、学校の成績・全国共通テストの点数などと共に、勉強以外の活動が重要な要素となっています。そのような状況の中で、各強豪大学が一堂に集うこの大会に参加して、自分の目指す大学のコーチの前でプレーして自分を積極的にアピールしようとする目的意識の高い高校生選手達が沢山いるということです。彼らは早ければ高校卒業の1年以上前に意中の大学から内定をもらい、大学受験のプレッシャーから離れて勉学とテニスに集中して高校を卒業します。

このトーナメントに参加した大学テニスチーム(順不同)


スタンフォード大学 カリフォルニア大学バークレー校 カリフォルニア大学ロサンジェルス校

カリフォルニア大学デービス校 カリフォルニア大学サンディエゴ校 ボストン大学 ライス大学

南カリフォルニア大学 クレアマント・マキャナン・スクリップス大学 ジョージタウン大学 

ラスベガス大学 オクラホマ州立大学 ペッパーダイン大学 セントジョーンズ大学 

私立サンディエゴ大学 ビラノバ大学 ウイリアム&メリー大学 ミシガン大学


 

サンディエゴ シティーカレッジ女子テニス部

 

5年間勝利なしのチームが、新コーチ就任2年目で6勝を挙げる


サンディエゴ シティーカレッジは、サンディエゴのダウンタウンに位置する二年制大学です。バルボアパークやバルボア動物園も徒歩圏内にあり、文化と自然に囲まれるという恵まれた環境の中で学生が学んでいます。

今回のテニスニュースは、この大学の女子テニスチームをそれまで5年間続いていた連敗記録から救った、就任3年目のジョーンズ・ヘッドコーチにスポットをあてます。

女子チームヘッドコーチは日系アメリカ人


女子チームをコーチするのは、ジェイミー・ヨネクラ・ジョーンズです。ジョーンズ・コーチは、日系アメリカ人としてサンディエゴで生まれ育ち、トップジュニア時代にはアメリカ国内ランキングでシングルス17位ダブルス3位を獲得しています。

多くの大学からテニス奨学金のオファーを受けたジョーンズ・コーチは、名門マイアミ大学に進学し、大学在学中は文武両道の学生に送られるオールアメリカンの表彰を受けました。また1988年のNCAA(全米大学体育協会)のチャンピオンシップでは、ロニ・レイスと組んでダブルス準優勝に輝きました。

ジョーンズ・コーチが大学卒業後に選んだのは指導者への道です。そして1991年にUSPTA(アメリカプロテニス協会)のライセンスを取得して以来ずっとジュニアからアダルトの全てのレベルのコーチをすることに情熱を燃やし続けています。

大学卒業後に始めて就任したのはアリゾナ大学の女子テニスチームのアシスタントコーチで、そこでのコーチ経験を積んだ後に、1993年にカリフォルニア州立ロングビーチ校の女子テニスチームのヘッドコーチに就任しました。

No1.ダブルス ブリアナ・フークス(右)とジョーダン・ヘルナンデス
No1.ダブルス ブリアナ・フークス(右)とジョーダン・ヘルナンデス

ジョーンズ・コーチの現在の目標は優勝を争えるチームを作ること


ジョーンズ・コーチは、現在サンディエゴシティーカレッジの女子テニスチームをコーチすると同時に、同大学のテニスクラスを授業として受け持っています。

ジョーンズ・コーチがヘッドコーチに就任するまで、テニスシーズン以外の期間に練習する選手が少なかったことから、選手の練習量不足がチームの悩みの種でした。その為ジョーンズ・コーチが前任者からチームを受け継いだ2013年のシーズンは、それまでの4年間と同様チームも選手も1つの試合も勝つことが出来ず、全ての試合を全敗でシーズンを終えています。

そのためジョーンズ・コーチはこの女子テニスチームの選手の練習量を増やすことと選手層を厚くすることに力を注ぎました。ジョーンズ・コーチは授業で教えたテニスクラスの生徒をオフシーズン中も熱心にトレーニングし続け、ヘッドコーチ就任2年目の2014年にチームは飛躍的な進歩を見せました。

No.3シングルス リリー・ヤマウチ
No.3シングルス リリー・ヤマウチ

クヤマカ・カレッジ戦での歴史的勝利


2014年度の最初のマッチは敗戦でスタートしたものの、2戦目のクヤマカ・カレッジとの対戦では、前年度シングルス6試合とダブルス3試合全てに敗退していた雪辱を果たし、シングルス5試合とダブルス2試合に勝利してチームの初勝利を手に入れました。その後勢いに乗ったチームは善戦を続け、最終成績を6勝7敗でシーズンを終えることが出来ました。


そして迎えた2015年度初戦のクヤマカ・カレッジ戦では、全てのシングルス6試合・ダブルス3試合に勝利して最高のスタートを切っています。


現在のジョーンズ・コーチがチームの個々の選手の底上げと共に熱心に取り組んでいることは、強い選手をリクルートすることです。ジョーンズ・コーチはこのチームにトッププレーヤーを受け入れられれば、優勝を狙えるチームが作れると考え選手補強にも励んでいます。 

テニスシーズン期間中のスケジュール

シーズン期間の2月上旬から4月末までの約3ヶ月間は、基本的に火曜日と木曜日に試合を行います。
2015年シーズンは計15試合が予定されており、遠くはロスの近郊までコーチの運転するバンで遠征に出ることもあります。シーズン後期には、PCAC(パシフィックコースト アスレチック カンファレンス)のトーナメントや南カリフォルニア地区大会にも出場します。

2015年 女子テニスチーム スケジュール

Day

Date

Opponent

Location

Outcome/Time 

 

Thu

02/05/15

Cypress

Away

2:00pm

 

Thu

02/12/15

Cuyamaca*

Home

2:00pm

 

Tue

02/17/15

Mt. San Jacinto*

Away

2:00pm

 

Thu

02/19/15

Palomar*

Home

2:00pm

 

Tue

02/24/15

Mesa*

Away

2:00 p.m.

 

Thu

02/26/15

Imperial Valley*

Home

2:00 p.m.

 

Tue

03/03/15

Grossmont*

Away

2:00 p.m.

 

Thu

03/05/15

St. Katherine's

Away

2:00 p.m.

 

Tue

03/10/15

Cuyamaca*

Away

2:00 p.m.

 

Thu

03/12/15

Mt. San Jacinto*

Home

2:00 p.m.

 

Tue

03/17/15

Palomar*

Away

2:00 p.m.

 

Thu

03/19/15

Mesa*

Home

2:00 p.m.

 

Tue

03/24/15

St. Katherine's

Home

2:00 p.m.

 

Thu

03/26/15

 

 

 

 

Tue

03/31/15

Imperial Valley*

Away

2:00 p.m.

 

Thu

04/02/15

Grossmont*

Home

2:00 p.m.

 

Th-Sa

4/9-4-11

PCAC Tournament

Away

TBA

 

Th-F

4/23-4-24

SoCal Regionals

Away

TBA

 

* カンファレンスマッチ

 

錦織圭選手のボランティア活動

 

メンフィスオープン史上初の3連覇の地で

 

テネシー州メンフィス(写真はイメージです。本文とは直接関係ありません)
テネシー州メンフィス(写真はイメージです。本文とは直接関係ありません)

今回のテニスニュースは、アメリカテネシー州メンフィスで行われたメンフィスオープンで史上初の3連覇を成し遂げた錦織選手が3年間毎年行った現地でのボランティア活動にスポットをあてます。

 

錦織選手がメンフィスオープンのスタートする週に3年連続でボランティア活動に訪れているのは、セント・ジュード小児研究医療施設です。この病院は研究と処置を通して小児の難病治療とその予防を推し進める目的で設立され、アメリカのみならず世界の各地から子供たちとその家族が訪れ、医療費支払いの心配をすることなく治療に専念している施設です。

 

錦織選手は今年もこの医療機関を訪れて、子供たちとその家族のためにトーナメント・ポスターとテニスボールにサインし、彼らに向けて話しかけました。

 

錦織選手は、この施設を訪れることは彼にとってすばらしい経験で、いつもこの施設で行われている取り組みには驚嘆させられると述べました。そしてそれに続けて、子供が奮闘しているときに楽しみを提供することができることに自身も喜びを感じていること、そして彼自身も子供たちから大きなエネルギーを得ていると伝えました。

ボランティアでコーチを行う選手
ボランティアでコーチを行う選手

アメリカにおけるボランティアの意味


アメリカでのボランティ活動は大変盛んです。それはこの国の建国の成り立ちが大きく関係し、言語、出身国、宗教などを異にする人たちがお互いに助け合って厳 しい環境と闘い、自らの共同体を作り上げてきた歴史が根底にあります。共同体では人々は必要に応じて自ら学校や病院、教会などの公的機関を設立しその運営 にあたって来ました。現在ではもちろんその機能はいろいろな面で建国当初とは違ったものになっていますが、それでも一般に自分たちの住んでいる所は自分た ちで良くしようとする考えが今もアメリカ人の中に息づいていて、ボランティア活動はいまだに多くの人々にとって生活の不可欠な要素となっています。


「怪我は私に多くのものを学ばせ、私は確実に忍耐強くなりました。」


錦織選手にとってここで治療を受ける子供たちをサポートするのは、自らの人生経験を振り返る意味でも意義のあることなのかもしれません。

 

錦織選手は2008年2月、18歳の時に最初のATP ワールドツアータイトルをフロリダ州デルレイビーチの大会でとりました。そしてこのトーナメントにエントリーした時の錦織選手のランキングは244位でしたが、次週のランキングを131位 まで上げました。その後の錦織選手は同年バミューダでもチャレンジャー大会で優勝し、ウインブルドン前哨戦のクイーンズのトーナメントではラファエル・ナ ダルからセットをとり世界の注目を集め、全米オープンではオープン化以降日本人初の男子シングルスでの4回戦進出を果たしました。
しかしその翌年の5月に右ひじの疲労骨折が判明し手術を受けて復帰に約一年を要し、2つめのATPワールドツアータイトルを2012年10月に取るまで4年以上の月日が必要でした。

錦織選手は2014年の冬、この怪我・手術後の復帰に関してのコメントをアメリカのスポーツ専門チャンネルのESPNにこう語っています。


「私はこの2つのタイトルを取る間に多くの経験を積みました。怪我は私に多くのものを学ばせ、
私は確実に忍耐強くなりました。今の私は、エラーで相手に得点を与えたりしません。」


2015年のメンフィスオープンで錦織選手が見せた苦しい中でも確実に勝利を手にしていった姿は、この施設の多くの子供たちのみならず世界中の努力する人達に勇気と希望を与えたことでしょう。

 

9選手中8選手が留学生で構成されたチーム

 

私立サンディエゴ大学は、過去最高ランキングを目指す

 

私立サンディエゴ大学のNo1シングルス ヨーオス・ペトロ二ベビッチ(右)とNo2シングルス フィリップ・ビテック(後方)
私立サンディエゴ大学のNo1シングルス ヨーオス・ペトロ二ベビッチ(右)とNo2シングルス フィリップ・ビテック(後方)


今回のテニスニュースは、アメリカの ITA(Intercollegiate Tennis Association:大学テニス連合)の試合レポートをお届けします。

 

2015年1月31日、サンディエゴの USD (University of San Diego:私立サンディエゴ大学)のキャンパスにおいて、私立サンディエゴ大学対 Cal PolyCalifornia Polytechnic State University: カリフォルニア州立ポリテックニック大学)の大学対抗戦が行われました。

 

両校のITA大学ランキングは、私立サンディエゴ大学の全米41位に対してカリフォルニア州立ポリテックニック大学はランキング圏外の75位以下です。また選手個人のシングルスのランキングにおいても、ランキング選手を一人も持たないカリフォルニア州立ポリテックニック大学に対して、私立サンディエゴ大学にはヨーオス・ペトロニベビッチ(セルビア・同53位)やフィリップ・ビテック(スロバキア・同70位)を筆頭に、ダブルスの名手も取り揃えて、磐石の布陣をひいてきました。

アメリカの大学対抗戦に使用される基本的なフォーマット

1.セルフジャッジ。

2.レットなし。サーブにおけるレットはなしで、そのままプレーが続行。

3.ダブルス3試合でスタート。1セットのみで勝敗が決まり、2試合先取したチームが1ポイントを獲得。勝敗が決定した時点で他のマッチも終了。

4.シングルス6試合が6コートを使って同時にスタート。2セット先取の3セットマッチ。1つのシングルスの勝利は1ポイントとなる。

5.全部のシングルスマッチが終了した時点で、最終的により多くのポイントを獲得したチームが勝利。

最初のダブルスは、私立サンディエゴ大学が良いスタートを切り、二つのマッチを6-26-2で勝利して、まず1ポイントを獲得しました。

次に行われたシングルス6試合でも、まず私立サンディエゴ大学が先手を取り、No3シングルスを6-26-0で勝利。その他の試合でもその勢いは止まらず、No2No4シングルスにおいて、僅差の7-56-47-56-3というスコアーで勝利し、早々と4ポイントを獲得しこの日の勝利を決定付けました。最終的にNo156のマッチも僅差で私立サンディエゴ大学が逃げ切り、7-0という最終スコアーで勝利しました。

 

この試合の前週には、全米ランキング21位のサウスフロリダ大学に勝ちランキングを41位に上げていた私立サンディエゴ大学ですが、この試合を含む今週の結果を受け35位までランキングが上昇しました。(注:201527日現在)

私立サンディエゴ大学のテニスシーズンは4月末まで続きますが、チームの過去最高ランキング12位(1990年シーズン)を目指し、確実にギアをあげています。

私立サンディエゴ大学の選手名簿


4年生 キャーイン・フィッジェラルド(アイルランド) 

3年生 ヨーオス・ペトロニベビッチ(セルビア)

3年生 ローマー・カルージン(フランス)

3年生 ジョーダン・アンガス(イギリス)

2年生 フィリップ・ビテック(スロバキア)

2年生 アレクサンドロス・エアウゾス(キプロス)

2年生 ジョフリー・フォッソー(フランス)

2年生 パトリック・ホール(カナダ)

1年生 ジェームズ・ポンウイズ(アメリカ) 

 

私立サンディエゴ大学キャンパス
私立サンディエゴ大学キャンパス

2015. 2. 9

 

リー・ナ(中国)

 

アメリカで絶大なる人気を誇るアジアンビューティー

 

Phote Presented by John B
Phote Presented by John B

今回のテニスニュースは、オーストラリアン・オープン昨年度(2014)優勝者のリー・ナを採り上げます。

昨シーズンで引退したリー・ナですが、現役時代には下記のような輝かしい金字塔を打ち立てています。

 世界ランク最高2位:アジア人として過去最高記録

グランドスラムタイトル(2回):

2011年 フレンチオープン シングルスタイトル

2014年 オーストラリアンオープン シングルスタイトル


 

「彼はエースを決めた!」

 

リー・ナの人気の秘密は、まずそのユーモアのセンス。

今回のオーストラリアン・オープンの大会初日に、夫のジャン・シャン氏と現れた彼女は、セレモニー会場で自らの妊娠を発表しました。

「私とデニス(シャン氏のニックネーム)には、夏には最初の子供が産まれます。デニスは本当に良い仕事(グッジョブ)をしました。彼は、エースを決めたのです!」

彼女の喜びをストレートに表現したユーモア溢れるスピーチには、夫のシャン氏も手をたたいて喝采し、会場は笑いに包まれました。


「最もホットな女子テニス選手」として第2位に選ばれる


リー・ナのもう1つの魅力は、彼女の美しさです。

彼女のソフトな顔立ちと、その明るい性格がにじみ出る輝くような笑顔が人気の秘密です。

昨年度のアメリカのテニス番組の中で「最もホットな女子テニス選手」として第3位のマリア・シャラポワを押さえ堂々の2位に輝いたことがある程、アメリカでのリー・ナは常に高い人気を保っています。(ちなみに第1位は、アナ・イバノビッチ)

Photo by Judy W
Photo by Judy W


自分の心の声に従うリー・ナ


そして、アメリカ人が愛してやまないのは、彼女の類まれなる個性です。


ここで英国人スポーツライターのサイモン・バーンズ氏が中国での取材を元にアメリカのテニス専門誌「Inside Tennis 2015」に提供した記事をご紹介します。

 

Li Naは勝った時は、可愛く機嫌の良い少女のようですが、負けた時の落胆は大きく、その不機嫌さを隠そうともしません。


私は、リー・ナの人生が権限と独立との争いである点に注目しています。

彼女の人生は、周囲が期待した彼女の「あるべき姿」と、彼女自身が自ら求めた生き方との葛藤の中にありました。


そして結局彼女は自分の声だけに従う事を選びました。


彼女は規則や慣習に従わないことに意義を見出していたのではなく、周囲と安易な調和をするより自分自身に忠実であることがより高度な義務であると考えている人なのです。


彼女は、個性を尊重する自分自身の生き方を表現してみせると同時に、彼女の人格を形成した彼女のルーツの魅力を表現することが出来るのです。

ー サイモン・バーンズのInside Tennis 2015」への寄稿より ー


 有言実行

 

現在のリー・ナは、中国に自身のテニスアカデミーを作る為に、夫と共に世界中を飛び回っているのだといいます。

そんなリー・ナが、2011年にWTA(女子プロテニス連盟)の「Strong is beautiful」プロモーション時に言った言葉を最後に紹介しましょう。彼女はこの年の6月に、初めてのグランドスラムタイトルをフレンチ・オープンで手に入れています。

China has a population of 1.3 billion people. Yet we've never has a No. 1 player or a Grand Slam Champion. No pressure.


ー 私の国(中国)には13億もの人が居るが、世界ランク1位もグランドスラムチャンピオンも輩出したことがない。だからプレッシャーなど感じない。ー

 

ジュニア選手のメンタル強化への取り組み

 

選手の親が対象 -ジュニア選手のサポート目的のアプローチ法ー

 

写真はイメージです。本文とは直接関係ありません。
写真はイメージです。本文とは直接関係ありません。

 

錦織圭選手のコーチであるマイケル・チャンが行った錦織選手のメンタル強化は広く世間にも知られるようになりましたが、このメンタルトレーニングというトレーニング方法は、1984年のロサンゼルスオリンピック前にアメリカとカナダが本格的に導入し、同オリンピックで大きな成果を挙げたことで有名になりました。

 

以来アメリカではメンタルトレーニングを積極的に各スポーツの指導者が採り入れ、今ではテニス選手専門のメンタルトレーニング法も深く研究され実践されています。

 

今回のテニスニュースは、メンタルトレーニングが選手の成長に非常に有効だといわれているジュニア選手のメンタル強化をサポートするため、アメリカの実際の指導の現場で行われているジュニア選手の親を対象としたあるアプローチ法を紹介します。


 偉大なチャンピオンたちは、彼ら自身のゆるぎない成功への欲求と強固な意志の他に、彼らを支えるチームのサポートが必ずありますが、最近の研究によると、ジュニア選手への親のサポートは成功を決定する最も重要な要因だと言われています。

 

ジュニア選手の親であることは難しい仕事です。


まずジュニア選手は、矛盾が多くかつあらゆることに挑戦したい欲求を持っています。

彼らは自由を望むけれど、まだ責任を取る方法を知りません。

彼らは独立を望むけれど、まだ親の支持とサポートを必要とします。

彼らは一人で新たな行動をすることに魅力を感じながら、未知なものに対する恐れを抱いています。


彼らはつねに変化し続けています。

彼らは身体的にも心理的にも、日々めまぐるしく変化しています。

彼らは自分の個性を作り上げるためのプロセスにあり、常に自らに対して不安定な感覚を抱えています。


ジュニア選手の成長にとって最も重要な時は14才から17才の間です。

この時期の選手たちは、技術とスタイルを洗練しつつの強化を目指しますが、それと同時に彼らの精神的な成長を促すためにも、テニス以外の社会生活への参加も非常に重要になります。

多くのジュニア選手は他のスポーツも得意であったり、音楽や芸術にも才能をみせ、学業にも熱心に取り組み、テニスのトレーニングを続けるのです。

成長するに従い行動の範囲が広がっていくジュニア選手たちは、時間の有効な使用法を気に掛けなければなりません。


このようなジュニア時代の特性から、ジュニア選手と親が対立する状況が生まれてしまい、お互いに多くの誤解をしてしまうこともあります。ジュニア選手と親の意見の相違は、互いの立場の違いに起因したものが多いので必然的とも言われます。そしてその意見の相違の理由を理解することなしには、お互いを理解しあうことは出来ないのです。


ここではジュニア選手の親の悩みを解決する方法ではなく、「悩み」を「楽しみ」に変えていく方法をあなた自身が見つけるためのアプローチの仕方を学んでいきます。


まず、この短いアンケートに答えてください。

各文章に「はい」か「いいえ」のどちらかを選んで[ ]内に印を付けてください。


はい いいえ

[ ] [ ]  私は、子供の話をしばしば途中でさえぎります。

[ ] [ ]  私は、子供の話を聞き続けるのに苦労します。

[ ] [ ]  私は、子供と交わした約束を破ります。

[ ] [ ]  私は、子供の前で妻(もしくは夫)と言い争いをします。

[ ] [ ]  私は、私のふるまいが子供を戸惑わせるとしばしば子供から言われます。

[ ] [ ]  私は、子供の悪いふるまいの原因は、家族以外の人の悪い影響によると思います。

[ ] [ ]  私は、子供の行いが悪い時は罰を与えるべきと思っています。

[ ] [ ]  私は、子供の悪い行いを正す時に、いつも「OOするな。」と言います。

[ ] [ ]  私は、子供の成功に対して褒めすぎれば、彼らが自惚れてしまうと思います。

[ ] [ ]  私は、子供の試合前に、勝つために何をするべきかについて話します。 

[ ] [ ]  私は、子供が私の家に住んでいる限り、私が選んだ服を着るべきだと思います。

[ ]  [ ]  私は、子供のためになることを強制することに問題はないと思います。 

[ ] [ ]  私は、子供の試合の後で、その試合の詳細を子供に話します。

[ ] [ ]  私は、子供の試合の時、とても神経質になります。

[ ] [ ]  私は、私の子供のプレーを他の子供のプレーと比較する傾向があります。

[ ] [ ]  私は、試合のドローを見て、対戦者のランキングなどで次の予想をします。

[ ] [ ]  私は、子供がひどい試合をした時、非常に失望し怒ってしまいます。

[ ] [ ]  私は、子供が次に何をするべきかについて、子供のコーチに話すことで子供が次のレベルに達するのを助けると思っています。

[ ] [ ]  私は、子供のテニスを続ける為にかかるコスト(費用・時間・労力)について子供に話します。

[ ] [ ]  私が、子供のテニスの目標を設定しました。


あなたの 「はい」 の数が5つ以上であった時、親子の 「テニス・ライフ」 は決して楽しい事だけではないはずです。あなたの子供は自らのベストの状態にはまだ達していませんし、あなたも子供も失望したり悩んでいたりもするでしょう。 

しかし、今の現状を認識することがこのアンケートの目的です。

そして今のこの状態は、あなたの「テニス・ライフ」がもっと楽しいものになれる可能性が高いことを示していると考えてください。


ジュニア選手の親としてのあなたの役割とあなたの目標を明確にしましょう。

「はい」 の数を、取り組みやすいものから順に、1つずつ減らしていきましょう。

 

一つの例をお話ししましょう。

ある日一人の母親が、彼女の娘がいつも勉強も良く出来て、テニスの試合でも良い成績も出しているのに、どうして自分に自信が持てずにいるのかが悩みだったと私に話してくれました。そして彼女は以前に私の話を聞いて、やっとその理由がわかったと言いました。それは母親である彼女自身が、娘のテストでのちょっとしたミスや取りこぼしたテニスの試合ことを気に掛けてくよくよしていたことが、彼女の娘の自尊心の低さに直接結びついていたということだったのです。彼女はそれから、もっと彼女の娘の成果と発展に対して注意を払うことに集中することに決めて実行し、娘の自信も付き笑顔が増えてきたと言いました。

 

一旦「光」を見つけたら、やるかやらないかはあなた次第です。

 

今まで通りのやり方を続けて異なる結果が出るのを願うのか、ポジティブな変更を受け入れて一歩先に進むのかはあなた自身が決めることなのです。  

 

 

2015年 錦織圭選手活躍予想

 

IMG アカデミーよりの提供
IMG アカデミーよりの提供

今回のテニスニュースは、アメリカで多くの愛読者をもつ「TENNIS」マガジン2015年最新号で語られた、錦織圭選手の今シーズンの活躍についてのプラス予想とマイナス要因についてご紹介します。

 

 

BEST  CASE  SCENARIO

 

まず、プラス予想から。日本メディアのように、「世界ランキング1位」とか「グランドスラム優勝」の文字は見受けられませんが、錦織選手の年齢(25歳・20151月現在)と優れたフットワークと、フラットでレーザービームのようなグラウンドストロークがあれば、ツアー選手の中で比較的小柄であることを十二分にカバーし続けることが出来ると予測しています。

錦織選手の最大の武器であるベースラインまたはそれの内側からのショットを使い続けることが出来れば、常にトップ10の上位に定住することができるし、昨年のようにグランドスラムでの活躍の再現も期待できるであろうということです。

WORST  CASES  CENARIO

 

そして次に、マイナス要因です。
ここで言われていることは、錦織選手はこれまで怪我を重ねてきており、ライバル選手達が故障を抱えながらもプレーし続けられることに比べて、錦織選手は怪我に弱いという懸念があるといわれています。大柄な世界の選手と比べて錦織選手は身体が小さく、その体格ゆえの俊敏さは彼の長所ではあるが、運動量の多いプレースタイルからくる体力の消耗との戦いは、これから錦織選手が挑む最大の課題であると考えられます。

 

もし錦織選手がこの体力の消耗を克服できなければ、昨年のような攻撃的なプレースタイルが続けられず、いま以上の前進は望めないという辛口の意見が述べられています。

 

BOTTOM  LINE

 

そして総括では、錦織選手の今後の活躍をアメリカメディアならではの視点でまとめています。
ここでは、一躍日本のスーパースターの地位を確立した錦織選手は、2014年の栄光に満足しているわけではないと語られています。昨年のような活躍を継続し更にレベルを上げていくことは決して容易なことではありません。しかし錦織選手は13歳からIMG アカデミーのボロテリテニスキャンプで質の高いトレーニングを積み、常に高いパフォーマンスを要求される世界にいたことで、厳しい競争の中で勝ち残っていく術を身に付けてきました。そしてそれが今後の厳しいトップ争いの戦いの中でも、十二分に発揮されるであろうと期待されています。

 

VOX POP ― 錦織選手に対する町の声

 

『 ケイはすばらしいプレーヤーで、これから偉大なプレーヤーに成長する可能性を秘めている。彼は次世代を担うリーダーの一人であることは間違いないし、彼が世界のトップにいる事はアジアのテニスにとってもすばらしいことだ。』(ウイスコンシン州 ミラン)

 

『 彼はテニスにおいても、また全てのスポーツにおいても、最も刺激的で観る人を惹き付ける魅力に溢れたプレーヤーです。』(カリフォルニア州 ベティー)

 

『 女子選手の中でリー・ナーが台頭して来た時と同じような興奮を、ケイの活躍を見て今また味わっている。彼は今25歳になった。同世代のラオニッチやディミトロフと共に、今一番グランドスラムタイトルに近い若手だ。』(テキサス州 ピーター)

 

 SUPERSTAR KNOWS SUPERSTAR

 

 最後に、テニス界のスーパースターから新世代のスーパースターへの賞賛の言葉です。


 『 KEI IS ONE OF THE FEW PLAYERS THAT  I’D PAY MONEY TO SEE PLAY. 』      

 ― ケイは、僕がお金を払ってでもプレーを見たいと思える数少ない選手のうちの一人だ ―

アンドレ・アガシ       

      

 

 

テーマは「ハッピー ヘルシー アクティブ」


スポーツ+住居を兼ね備えた複合競技施設


今回のアメリカテニスニュースは、ロサンゼルス郊外のオレンジ郡にある複合競技施設「ロス カバレロス ラケット&スポーツクラブ(Los Caballeros Racquet & Sports Club)」を紹介します。

「ハッピー、ヘルシー、アクティブ」をテーマに掲げるこの会員制クラブは、複数の競技をする人や日々の生活にトレーニング・コンディショニングを取り入れたい人にとって最高の場所です。

ここには24面のテニスコート(ハード)の他各種ラケットスポーツやフィットネスセンター・トレーニングジム・ヨガスタジオ・スイミング施設またランニングクラブ・トライアスロンクラブ等を完備して、利用者からはその規模と内容に対するコストパフォーマンスの良さから、フィットネス・アウトレットモールのようだといわれています。

2002年 USTA 優良テニス施設賞を受賞。USTAリーグでは何度もチャンピオンに輝く。
2002年 USTA 優良テニス施設賞を受賞。USTAリーグでは何度もチャンピオンに輝く。

玄関を入り受付デスクを過ぎてまず目に入るのがオリンピックサイズの屋外プール。その隣に子供用プールと屋外ジャグジー。カフェ・ ラウンジ・テニスショップのあるビルディングの中には、フルサイズバスケットボールコート2面・ラケットボールコート8面・約1000平方メートルの フィットネスセンターと約200平方メートルのウエイトルーム(ジム)等が入っています。

この施設では、バスケットボール・ハンドボール・卓球・スカッシュ・バレーボール等、各種スポーツ教室があり、人気の高いヨガ・ピラテス・カーディオ・ズンバ・ブートキャンプ等のクラスは一週間に70クラス以上も開催されています。

 

また施設内には長期・短期滞在用の個人所有及び賃貸用マンションが立ち並び、生活の中にスポーツを取り入れたいという人々に人気の居住地となっています。

 

そ してこの施設の最大の特徴といえるのが、24面あるテニスコートをフルに活用して行われるテニスプログラムです。一般初心者から上級者向けまで選手レベル 別のテニスレッスン・テニスリーグはもとより、ジュニア選手のための育成アカデミーとテニスキャンプが常に3つ以上存在し、全米一の歴史と参加選手数を誇 るUSTA(アメリカテニス連盟)主催のジュニアシングルストーナメントを始めとしたトーナメント大会やリーグチャンピオンシップ大会もここで開催されて います。

 

各施設のプログラム等を紹介します。元ツアープロで世界ランキング最高21位のテイラー・デントと父親のフィル・デントの経営する「デント・アカデミー」もここに入っています。サーブアンドボレーヤーで元世界最速サーバーとしても知られるテイラー・デントですが、きめの細かい指導に定評があり、多くのトップジュニアを輩出し続けています。

施設 プログラム 等 対象者
オリンピックサイズプール マスターコース カーディオクラス アクアフィット 等 上級者~初心者
ショートコースプール ジュニアスイムスクール スイムキャンプ 等 ジュニア
ジャグジー(計4箇所)   全員(年齢制限あり)
フィットネスセンター ヨガ ピラテス カーディオ ズンバ ブートキャンプ 等 上級者~初心者
ウエイトルーム(ジム) バーべルウォークアウト ウエイトクラス サイクリング 等 上級者~初心者
アスレチックセンター バスケットボール バレーボール ハンドボール 等 上級者~初心者
ラケットボールコート ラケットボール スカッシュ 等 上級者~初心者

テニスコート

(ハード24面)

デント アカデミー

クリスヒルター アカデミー

クリスマーク&ウォーテック アカデミー

サマーキャンプ ウインターキャンプ テニスクリニック 

USTAリーグ USTAトーナメント クラブトーナメント イベント

上級者~初心者
プロショップ

対象競技に必要な道具等を取り扱っている

全員

スパ

ヘア&ネイルサロン

スキン&ボディーケア 

ヘアサロン(3箇所) ネイルサロン(2箇所)

全員(年齢制限有)
カフェ・ケータリング サンドイッチ サラダ マフィン ドリンク スムージー 等 全員
パーティールーム パーティー ミーティング 等 全員


提携機関

アメリカ総合留学