サラリーキャップ導入の背景にあるMLSの失敗成功論

  アメリカのプロスポーツ界ではお馴染みとなっているサラリーキャップ。これは、チームが選手に支払う事のできる給料の上限額を規制する事で、資金力のあるチームの極端な選手補強を防ぎ、各チームの戦力の均等化を図ることを狙いとした制度です。アメリカのプロスポーツでは、ほとんどのリーグでこのサラリーキャップを導入しており、その結果、NFL(アメリカンフットボール)では未だ全米一を決定するスーパーボウルにおいて3連覇を果たしたチームは存在しません。このサラリーキャップ制度は、運営リーグが観客の関心を集めるために導入する、一つの戦略であります。

 

 アメリカサッカー界に初めてサラリーキャップが導入されたのが1996年の事です。しかし、当時のサラリーキャップの導入理由は、上記で説明した戦力の均等化ではなく、より堅実なリーグ運営を目指すアメリカのプロフェッショナルなマネジメント方針からきたものでした。MLSがサラリーキャップの導入に至った背景には、ある一つの失敗がありました。

 1970年代のアメリカサッカーを牽引していたチームに、ニューヨーク・コスモスがあります。ニューヨーク・コスモスは、70年代の後半から80年代の前半にかけて、チームの戦力と財力共にリーグトップを誇っており、当時は、"The most glamorous team in world football"(世界で最も魅力的なサッカーチーム)と称されていました。その絶大な人気と強さの要素ともなっていたのが、世界トップクラスの選手の獲得を実現させた、チームオーナーの資本力でした。チームの創設者であるワーナーコミュニケーションズ(今日のタイム・ワーナー)の代表スティーブ・ロスは、その財力を活かし、サッカー界の神と称される元ブラジル代表のペレ選手や、元西ドイツ代表のフランツ・ベッケンバウアー選手(現バイエルン・ミュウヘン名誉会長)を含む有力プレーヤー達を獲得し、リーグ戦6連覇や、5年連続での年間平均観客動員数3万人超など、まだサッカーの人気が根付いていなかった当時のアメリカで偉業を成し遂げます。

 

 全てが順調かに見えたニューヨーク・コスモスでしたが、やはり世界最高峰の選手達に支払う事のできる給料には限界があり、チームは、経費の大部分を占めていた選手の給料が原因で経営難に追い込まれていきました。このニューヨーク・コスモスの経営難は、リーグの運営にも大きく影響を及ぼします。さらに、当時のリーグには、アメリカ外の外国人選手の割合が多く、自国出身の選手が少なかったため、その経営ではアメリカサッカーの発展に貢献しないとの批判があった事もあり、徐々にサッカーファンの関心は薄れていきました。その結果として、多くのチームが経営から撤退し、終いにはリーグが打ち切られる形となってしまいました。

 

 そして、この失敗を2度と繰り返すまいとアメリカサッカー界が導入した制度が、サラリーキャップでした。サラリーキャップを導入する事で、選手への莫大な給与額が原因で経営難に陥るチームはなくなり、各チームのメンバーも、比較的低コストで獲得のできる自国出身選手に集中しました。 結果的に、MLSはファンの関心を取り戻し、今日のフランチャイズ費が103億円(ここ5年間で175%アップ)にまで高騰するほど、価値あるリーグブランドの構築に成功したのです。

 

 2014年次のMLSのサラリーキャップでは、各チームの給与額は3,5億円までとなっています。この3.5億円の規制は、チームの主力20名の選手が対象となり、平均すると一人あたりの年俸は約1,500万円になります。さらにその中でも、選手一人あたりの年俸の最高額が3,875万円、最低額が365万円(これは主力20人目以降の選手の最低年俸額)とそれぞれ決まっており、徹底されたリーグ運営が伺えます。

 

 MLSでは、この保守的なサラリーキャップとは別に、革新的な特別指定選手制度が2007年に導入されています。これは、各チーム2名の選手まで、サラリーキャップの範囲外で選手を獲得できるというもので、これを導入した事で実現したのが、世界的スーパースターであるデビット・ベッカム選手のMLS移籍でした。移籍先となったLAギャラクシーでは、ベッカム選手の入団記者会見前にも関わらず、そのレプリカ・ユニフォームの販売枚数が250,000枚にのぼるほど、経済効果は記録的なものとなり、LAギャラクシーのチーム価値と共に、MLSのブランド価値も向上していきました。さらに今日では、元ブラジル代表のカカ選手が、特別指定選手制度を経て、2015年からMLSに参入したオーランド・シティに加入しており、カカ選手が移籍したオーランド・シティの開幕戦には62,510人もの観客動員数があったほど、特別指定選手制度の導入はリーグの発展に貢献しています。

 

「諦めないうちは失敗ではない」という言葉を聞いた事がありますが、アメリカサッカー界が成し遂げた事は、この言葉を証明しているではないかと思います。仕事においても一個人の人生においても、MLSの経営方針から学ぶべきものは多いと感じます。


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